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B-Bの今日のぐだぐだ

青森出身、宮城在住の保健師。潰瘍性大腸炎罹患。僕の好きなものや欲しい物をどんどんさらけ出して行きたいと思います

何故、男性の僕が看護師になり保健師になったのか~その3とその4~

どうもどうも、ゆったりと保健師やってますB-Bです。

 

さて、前回の記事の続きを書いていきたいと思います。

前回の記事↓

 

bbsota5454.hatenablog.com

 

 

その1とその2を話したので、

その3から始めていきましょう。

 

 

 

看護師として働いて分かったこと

 さて、前回の記事にも出てきましたが、

僕は大学時代に潰瘍性大腸炎を発症しました。

これがなかなかの困りもので、

体調が悪くなるとすぐにお腹が痛くなるし、

下痢が止まらなくなるし、

ひどいと血便も出る。

ストレスにも弱く、

食事制限もある。

という割と生活に支障のある病気なんです。

 

そんななか、「やってみなきゃわかんないじゃん!」

ということで、ある大学病院の看護師になった僕ですが、

…そこからが地獄だった。

 

僕は大学病院で循環器内科という、

心臓の病気を中心に診る科に配属になりました。

そこは、亡くなる人は少ないけれども、

いつも心臓停止と隣り合わせで、

ちょっとのミスが生死に直結するという、

かなりハードな部署でした。

 

そのため、働いている看護師は厳しい人が多く、

ストレスに弱い僕のお腹はたちまちに悲鳴を上げました。

 

また、男性看護師ということで夜勤を割り振られる回数も多く、

身体的負担と精神的負担がかなり辛かったのを覚えております。

 

結局、毎年体調を崩しては2~3週間休み、

日々、体調の悪さと戦いながら、

どんどん胃も食事を受け付けなくなっていき、

仕事を辞める頃には軽度の鬱状態となっていました。

 

体重も、大学卒業時には75㎏だったのが、

看護師を辞めるときには63㎏に。

僕の63㎏は、僕の中学生の時と同じ体重です。

 

そんなことがあり、

身体的にも精神的にも限界だった僕は、

妻とも家族とも相談して、

 

看護師を辞めたのでした。

 

看護師で働いて分かったことは、

潰瘍性大腸炎では夜勤という激務を継続するのは難しい

・ストレス耐性がないと詰む

ということです。

 

潰瘍性大腸炎と仕事の両立について書かれた記事を載せておきます。

潰瘍性大腸炎と仕事 | 潰瘍性大腸炎の症状と治療 予防について

 

 

 

保健師になった理由

 

さて、そんなこんなで看護師を辞めた僕でしたが、

看護師を辞めてこれからどうしようかと、

なんだかお先真っ暗でした。

 

そんな時に声をかけてくれたのが、

高校の時の同級生で、起業している友人Hでした。

そこで僕は、

医療とは全く無縁な、

学生美人モデルのプロデューサーとフリーペーパーのデザイナーを

兼務することになったのですが、

その話はまたいずれ記事にしたいと思います。

 

さて、

そんな中で、

バイトとして働いていたので、

これからは社会保障の充実した仕事をしたいと考えていたのですが、

どんな仕事をしようかな…と。

潰瘍性大腸炎として働くためにはを考えて、

http://life-style-information.com/daichouen/qa/job/

こんな記事も参考にしていたのですが、

 

そもそも保健師の資格持ってるじゃん!

 

ということを思いだし、

保健師で働くことになりました。

保健師

・医療職であり、地域に貢献できる

・人とのつながりがめっちゃ多い

・事務仕事中心で定時退社が多い

と、僕の身体のためには理想的な仕事でした。

 

現在は、宮城にある地域包括支援センターというところで働いています。

地域包括支援センターって何!?

という人に向けて、

またご説明する記事を書きたいと思うので楽しみにしていてください。

暇なときに下の記事を読んでみてください。

www.minnanokaigo.com

 

 

 

 

こんな感じで保健師になりましたが、

今は非常に健康的に、

悠々自適に働いております。

確かに看護師の時は夜勤もあり収入も多くありましたが、

今はその2/3程度の収入になっています。

しかし、収入よりも自分の体。

人生をよりよく生きるために、

僕は保健師という仕事を選びました。

 

これから保健師を目指す方々、

潰瘍性大腸炎で困っている方々への

ちょっとのアドバイスになればと思い

この記事を書きました。

 

参考になれば幸いです!